最終更新日: 2024/05/20

こむそう.com応援團『 囲 』

オモテの顔

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  俺の名前は神崎翔。“売れっ子”お笑い芸人だ。5年前、芸歴2年目にして某巨大賞レースを制し、このべしゃり一本でスター街道を順調に歩んでいる。まだ20代でありながら冠番組5本、まさに「売れっ子」である。相方は戸田正太郎。悪いやつではないが、正直言ってコイツにお笑いの才能は無い。ネタは全て俺が書き、ただそれを読んでいるだけの男だ。才能は無いが、文句も言わないし、操り人形としてはちょうどいい。

こうやって俺は順風満帆な芸能生活を謳歌している。案外ちょろいもんだな。


 さて、次の仕事までちょっと時間あるし、マックでも行くか

テレビ局近くのマクドナルドで一服。食には興味が無い。


 はぁ…またか


順風満帆な芸能生活とは言ったが、これだけはごめんこうむりたい。

「あれ神崎翔じゃない?」「ほんとだウケる!」

聞こえてんだよ。ひそひそ話ならちゃんと聞こえないように話せ。どうせこっちも…やっぱり。

『神崎翔もマック食うんだwww』

SNSなんてろくなもんじゃない。だいたいそれ盗撮だからな。賠償請求してやろうか?お前みたいな一般人には到底払えないような額をな!ったく…お前らは俺に見逃してもらってるだけだからな。


しかしなんとかならないものか。仕事の時だけ別の顔になれたらいいのになあ。俺はしゃべりでここまでのし上がったんだ。顔なんてどうでもいいはずだ。…そうだ!


(一週間後 楽屋)


「戸田」

「ん?」

「今日から俺はこれを被って仕事をするぞ」

ネットで買った真っ黒い箱。頭にかぶれるようになっている。

「は?キャラ変ってこと?何言ってんの?こんなの意味わかんないだろ?」

ちっ、いつもは何も言わないくせに。

「お前が何と言おうと俺はこれを被る。気に食わないならもう解散だ。」

「はぁ、わかったよ」

そうだ、お前は俺の言う通りにしてればいいんだ。

「解散しよう」

「は?」

「ずっと考えてたんだ。確かにお前のネタはおもしろい。でも俺にだってやりたいことがある。お前の言いなりはそろそろ終わりにしようってな。」

「やりたいことってなんだよ?」

「具体的には決まってない。ま、とりあえず動画配信でもやってみようかな。」

バカが!お前なんかが成功できるわけないだろう!俺のおかげでここまで来れたっていうのに!あとで泣きついてきても知らないからな!

「わかった。じゃあ解散な」

「うん。お互いがんばろうな」


翌日、解散発表の会見が開かれた。


「この度、我々、ショウタイムズは解散することとなりました。」

「解散の理由はなんですか?」

「方向性の違いというか、2人のステージに差ができてしまったというところです。」

「今後の活動は?」

「僕は…「私は!」

お前はしゃべるな。どうせ大したこと言えないんだから。

「私は名前をカタカナ表記のカンザキショウと改め、ピンで活動します。今やっている番組等はひとりになっても問題ないと思います。戸田の方は芸能界を引退し、動画?配信?なんかをやるそうです。」

「戸田さんは動画配信者になるということですが、カンザキさんとコラボしたりするのでしょうか?」

「それは無いと思います。それだと解散した意味が無いですから。でもまあ、そうですね…万が一チャンネル登録者数が1000万とかいったのなら出てあげてもいいかもしれないですね(笑)」


会見は滞りなく終わった。俺が引退するわけではないからそれほど大きな話題ではなかったんだろう。実はこの時から俺はあの黒い箱を被っていたのだが、不思議なくらいそれに関する質問は無かった。やはりそうだ。顔なんてどうでもいいんだ。これを被り続ければいずれ元の顔は忘れられるはずだ。そうなればプライベートを侵されることも無い。これで俺の芸能人生はさらに盤石だ!


だが、会見の帰りのタクシーで少し違和感があった。


この運転手、話しかけてこないな?

俺がタクシーに乗れば必ず「神崎さんですよね?」ってなるはずなのにな。箱は脱いでるけど…いや、まさかな。さすがにこんなに早く効果が出るはずがない。たまたまこの運転手がテレビとか全く見ない人だったか、他の考え事でもしていたんだろう。

この時はそれほど気にも留めずいつも通り自宅へ戻った。“いつも通り”というのは、タクシーは家から少し離れた場所で降りてそこからは歩いて帰る、というものだ。運転手に自宅を特定されたくないからである。実に面倒だ。

だがこの面倒ももう少しの辛抱だ。この箱が効いてくるまで…。


翌日、この箱の威力を目の当たりにする。


(テレビ局 入口)

「おはようございま~す」

「あちらで入館手続きをお願いします」

「え?俺っすよ、神崎、神崎翔」

「神崎…?」

いつもは顔パスなのに?警備員もいつもの人。…まさか?

試しに箱を被ってみた。

「あ!カンザキさん!失礼しました!どうぞ」

おいおいおい!なんだこの箱!すげーじゃん!もう俺の“顔”になってんのかよ!っていうか、全員ちょろいな?こんなにも簡単に元の顔を忘れるものなのか?

俺の人生、カンペキ!


俺はこの箱に“オモテ”と名付けた。仕事の時だけオモテを被る。以前と変わらない仕事ぶり、いや、むしろ調子が良いくらいだ。スタジオを上手く回している。

日に日に確信していった。
俺にはこのしゃべりがある。顔なんていらないんだ。


仕事の時以外はオモテを外す。そうすればたちまち“一般人”だ。ひそひそ話や盗撮もされることはない。SNSの書き込みも、番組の感想とかだけで、俺のプライベートが晒されることも無くなった。

プライベートのストレスが無くなったからか、仕事の方はますます調子を上げて、レギュラー番組もどんどん増えていった。


(ある日 楽屋)

あー疲れた。今日のゲスト、喋りはシロートだったな。回すこっちの身にもなれっての。俺がいたからなんとかなったものの…。

しかし参ったな。プライベートは確保しても、働きっぱなしでそもそもプライベートの時間が無いじゃないか!

休み取るか?

いや、俺が休んだら番組が成り立たなくなってしまう。俺がいない間に“テレビがつまらなくなった”なんて言われたら癪だしな。

なんかいい方法ないかな?

(コンコン)

誰だ?「はーい」

「カンザキくん!」

「おー!田沼じゃん!」

コイツは田沼。一応、俺と同期の芸人だ。

「何してんの?」

「オーディションで来てて、カンザキくんの楽屋見つけたからさ」

「性懲りもなくまだ受からないオーディション受けてたのか」

「ちょっと!受かるかもしれないでしょ!」

「ははは…」

断言しよう。コイツは受からない。実力が足りてないからだ。さっさと諦めて辞めてしまえばいいものを…。

ん?待てよ?……そうだ!

「お前さ、どうせ仕事入ってないだろ?」

「どうせって!入ってないけど!」

「ひとつ提案なんだけど、コレを被って、俺の代わりをやらないか?ギャラは半分やるよ。“半分”って言ってもお前のバイト代の100倍はあるぞ。」

「え…なに…」

「いいからいいから!とにかくやってみろよ!」

半ば無理やり、田沼にオモテを被せた。

「いいか?お前は今日からカンザキショウだ。しっかりやれよ!」

田沼、いや、カンザキはコクリとうなずいた。

「カンザキさん、そろそろスタジオ入りお願いしまーす!」

「よし!行ってこい!」

偽カンザキは生放送が行われるスタジオへ入っていった。

さて、どうなることか?


生放送が始まった。MC席には偽カンザキが座っている。

田沼のやつ、下手なおしゃべりだな。スタッフも出演者もなんで気づかないんだ?ほんと、みんなレベルが低い。

ま、でもこれで休みが手に入った。数年ぶりの長期休暇だ!

俺は休んだ。遊んだ。旅行にも行った。収入は半分になるとはいえ、遊んで暮らすには十分な額だ。

俺はお金と時間の有り余る“一般人”生活を満喫した。


(2か月後)

飽きた。

休みも遊びも飽きた。

そもそも俺は人前でしゃべることだけが生きがいだった。遊んだり、高いものを食べたり、ブランド品を集めたり、そういうことに全く興味が無かったのだ。

もうここ2週間は家でだらだらテレビを見たりネットを見たり、SNSの裏アカを更新したりしているだけだ。

そろそろ戻るか…

もう偽カンザキの下手くそな回しも見てられないしな。こんなんじゃ若手に喰われるぞ。

若手に喰われる?

…!

おもしろいこと思いついたぞ。もう一度売れよう。今、俺の顔はみんな知らない状態だ。この状態で新人としてもう一度芸人デビューするんだ。“新星現る!”ってか?これで売れなおして偽カンザキのところまで上りつめて、“実はもともとカンザキショウでした”なんて、最高のショーじゃないか!


早速、ライブ出演を決めた。相方はSNSでテキトーに見つけた。なんせ台本はこの俺が書くんだ。相方は誰でもいい。戸田だってそんなもんだったからな。


(ライブ当日 舞台袖)

うわ、客こんだけかよ。あのカンザキショウの中の人が出るっていうのに。

さあ、ここから新たな伝説が始まるぞ。


(ライブ終了)

ふぅ、ネタはまずまずか。数年ぶりにしては上出来だろう。

「お客さんからのアンケートはここに置いておきまーす」

アンケート?そういえばそんな文化もあったな。ちょっと見てみるか。

『評価3 可もなく不可もなくって感じ』

『評価3 上手だけどひと昔前の笑いだと思いました』

どいつもこいつも見る目無しかよ!俺を誰だと思ってるんだ!

『評価1 ショウタイムズのパクリ?でも実力ははるかに劣る』

……

やめだ!こんな低レベルなところにいられるか!もういい!俺はカンザキショウに戻るぞ!


(田沼に電話)

「おかけになった番号は現在使われておりません…」

あの野郎!このまま乗っ取る気か!そんなことできると思うなよ!

急いでテレビ局に向かった。

「こちらは関係者以外立ち入り禁止です!」

しまった!そうか!オモテが無いと入れない!くそ!

だったら待ち伏せだ!出てきたらとっ捕まえてやる!

田沼!出てこい田沼!


……………


あれ?田沼って…

どんな顔だっけ?

ええと、同期で、年も同じくらいで、うだつの上がらないやつで……

顔…かお……田沼の…かお…

いくら思い出そうとしても、“オモテ”の顔しか出てこない。

どうなってんだよ…!

その日から、俺は当てもなく、田沼を探してさまよい歩いた。

田沼…どこだ田沼!どこにいるんだよ!…どんな顔してんだよ!!

顔の分からない人間を見つけられるわけもなく、また数日が経った。

「田沼…田沼……」

「危ない!」

グラウンドから飛んできたボールが俺の頭に当たった。

「って!」

「すいません!大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃねえよ!ふざけんなよ……!?」

突然、男の顔が脳裏に浮かんだ。

「田沼!思い出したぞ!どこだ!?田沼!!!」

田沼の顔を思い出した俺は、とにかくあいつのいそうなところを探した。

……いた!あいつだ!

「田沼!」

「な、なんですか?」

「なんですかじゃねえよ!返せよ!俺の顔!」

「顔??何言ってるのか全然分からないんですけど!誰ですかあなた?」

「とぼけるな!神崎だよ!神崎翔!お前の同期の!」

「カンザキくんは確かに同期ですけど…あ、あなたカンザキくんの熱狂的なファンとかですか?僕にどうこう言っても無駄ですよ?今となってはカンザキくんは天上人、会えるわけないんですから」

おかしい。こいつがふざけているようには見えない。

…そういえば今の時間、カンザキは生放送の最中じゃないか!なのに田沼はここにいる。どういうことだ?

まさか!田沼がオモテを誰かに渡したのか?渡したのか、偶然渡ったのか。

だから田沼の顔を思い出したのか。

じゃあ今のカンザキは誰がやってるんだ?

「おい田沼!オモテ…いや、あの黒い箱を誰かに渡したか?」

「黒い箱?何のことですか?」

だめだ!なぜか知らんが記憶を失っているらしい。

どうする?オモテは誰が被ってるんだ!

どうする?…どうする!?

俺は頭を抱えながら家へ帰った。


(翌日)

そうか、別にあのオモテを取り返す必要はないのか。同じものを被っていけばいいじゃないか。

同じネットサイトで注文しよ。

『こちらの商品は現在取り扱っておりません』

ちっ、売り切れかよ。まあ、ただの箱だしな、自分で作るか。

俺はオモテと同じ形、同じ色の箱を作った。うん、どこからどう見ても“オモテ”だ。

これを被ればカンザキショウに戻れる!


自作の“オモテ”を被って街へ出かけた。

どうだ?あのカンザキショウが歩いてるぞ!大スターの!驚いたか?

案の定、周囲ではひそひそ話が始まっている。

「なに?あの人」

「変な箱…」

「コスプレ?何のアニメだろ」

「ママー?」「見ちゃだめ」

なぜだ?どう見ても“オモテ”、カンザキショウだろ?なんで分からないんだ?

ふらふらとコンビニに入る

「きゃー!!強盗!?」

「いや、違…!」

「け、警察呼びますよ!?」

俺は逃げるように帰宅した。


なんなんだ!どうなってるんだ!?なぜ俺はカンザキショウになれないんだ!?俺が本物だぞ!あいつは偽物だ!


テレビではカンザキショウの番組がやっている。


ちゃんと見ろよ!俺はこんな下手じゃなかっただろう?天才って呼ばれてたんだぞ!?

おい!お前は誰なんだよ!返せよ俺の顔!俺がカンザキショウだ!俺が本物のカンザキショウだ!お前は偽物だ!

お前は誰だ!?

俺がカンザキショウだ!

お前は誰だ!?

俺が本物だ!

お前は誰だ!?

俺が!カンザキショウだ!本物の!

お前は誰だ!?

俺が!

俺が…!オレが…!

オレは…!オレは……





……オレハダレダ?





(数年後)

俺の名前は神崎翔。特に何者でもない、ただの一般人だ。

だらだらとテレビを見たりネットを見たり、たまにSNSを更新したり、ただ毎日をぼんやり過ごしている。実際、数年以上前のことはあんまり覚えていないほど、ぼんやりと過ごしている。

仕事はしてない。なぜかは分からないが、毎月ものすごい額が俺の口座に振り込まれるのだ。おそらく、昔買った株かなんかが爆上げしているんだろう。覚えてはいないが。

金はあっても使い道は無い。これと言ってやりたいことがないのだ。

テレビは好きだ。華やかで、楽しげで、どこか懐かしい。


(テレビの音)“とだっチャンネル登録者数1000万人突破を記念して、今夜、あの伝説のコンビ!ショウタイムズが一夜限りの復活!地上波ととだっチャンネルで同時生放送です!!”


腹減ったな。マックでも行くか。

食に興味はない。だいたい近所の店で簡単に済ませる。

ん?あれは?

呟いておくか。パシャリ



『カンザキショウもマック食うんだwww』


【終】





●あとがき

お察しの通り、「被る」というアイデアは僕の芸風からきたものです。実際に「それ被ってたら中身誰でもいいじゃん」という風なことを言われることも多いです。そう言われるたびに、恐怖心というか無力感というか、もし本当に誰かが僕のふりをして公に出たら、僕が本物であるとどうやって証明すればいいだろう、と少し考えてしまいます。

“オモテ”には元の顔を忘れさせるという力がありますが、僕は自力で元の顔を消し去ろうとしています。しかし、それが達成してしまうと、神崎のようになってしまうかもしれません。

知られたくないけど知らせたい。矛盾を抱えながら芸人をやっています。


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